大判例

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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)695号 判決

原告

野村良博

原告

野村セツコ

右原告両名訴訟代理人

鶴田啓三

斎藤哲夫

被告

佐々木巧

外一名

右被告両名訴訟代理人

相馬達雄

外三名

被告

大阪市

右代表者市長

大島靖

被告大阪市訴訟代理人

千保一広

外一名

主文

一  被告佐々木巧、同佐々木博は、各自、各原告に対し、それぞれ金九八二万一九三七円及び内金九三二万一九三七円に対する昭和五二年九月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの、被告佐々木巧、同佐々木博に対するその余の請求、及び被告大阪市に対する請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、

1  原告らと被告佐々木巧、同佐々木博との間においては、右被告両名の連帯負担とし、

2  原告らと被告大阪市との間においては、原告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り、各原告が被告佐々木巧・同佐々木博に対しそれぞれ金三〇〇万円の担保を供するときは、その原告においてその被告に対して、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金一〇五九万二八三四円、及び、各内金九五九万二八三四円に対する昭和五二年九月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら全員)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(当事者の主張)

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡野村範之(昭和四二年一〇月二五日生、以下「範之」という。)は、昭和五二年九月二日午後三時三〇分ころ大阪市港区波除四丁目八番一三号所在の大阪市立波除小学校仮設グランド(以下「本件仮設グランド」という。)内において、範之の後方約16.8メートルの距離から訴外濱田啓一(当時一六歳、以下「濱田」という。)が投球した野球用ボール(以下「硬球」という。)を左後頭部に受けて左小脳挫傷兼頭蓋骨骨折の傷害を負い、同月四日午後七時二七分同市福島区福島一丁目一番五〇号所在の大阪大学附属病院において右傷害のため死亡した。

2  被告佐々木巧の責任〈省略〉

3  被告佐々木博(以下「被告博」という。)の責任〈省略〉

4  被告大阪市の責任

(一) 設置の瑕疵

被告大阪市が設置した本件仮設グランドは、面積が約三五〇〇平方メートルと非常に狭隘であつて、児童同士の衝突等の事故発生を防止するのに適した広さとはいえず、教育施設としては勿論、校庭開放時における校区内児童の遊戯施設としても通常有すべき安全性を欠いた危険な施設というべきである。

(二) 管理の瑕疵

本件仮設グランドは周囲を金網フエンスとトタンの波板で囲われ、立入禁止の立札も一箇所に立てられていたが、出入口の施錠がなされていなかつたため、波除小学校の放課後には、同小学校の児童のほか、小学校低学年の児童とは運動能力・敏捷性において著しく差異のある中学生あるいは高校生が同グランド内に自由に出入りし、前記のとおり狭い同グランド内で入り混じつて野球、ソフトボール等を行うという危険な状態が生じていた。ところが、同グランドの管理者である被告大阪市並びに直接の管理事務の担当者である同小学校校長及び教頭らが、右のような危険な状態を熟知しながら、中学生あるいは高校生による同グランド内への立入及び同グランド内での危険な行為を禁止する措置を怠つたことから、本件仮設グランドは、本件事故当時、通常有すべき安全性を欠如していたものというべく、被告大阪市による同グランドの管理には瑕疵があつたものといわなければならない。

(三) 右の被告大阪市による本件仮設グランドの設置・管理の瑕疵と本件事故との間には相当因果関係があるというべきであるから、被告大阪市は、範之の両親である原告らに対し、国家賠償法二条一項に基づき、範之死亡に伴う後記損害について賠償すべき責任がある。

5  損害〈省略〉

6  よつて、原告らは、被告巧、同博に対しては民法七〇九条に基づき、被告大阪市に対しては国家賠償法二条一項に基づき、それぞれ一〇五九万二八三四円宛、及び、弁護士費用を除く各内金九五九万二八三四円に対する不法行為の後である昭和五二年九月五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。〈以下、事実省略〉

理由

一まず、本件事故の態様についてみる。

〈証拠〉によると、請求原因1の事実を(同事実は原告らと被告大阪市の間で争いがない。)、〈証拠〉によると、被告巧が本件事故当時一四歳で、大阪市立市岡東中学校三年に在学中であつた事実を(同事実は原告らと被告巧、同博の間で争いがない。)、〈証拠〉によると、本件仮設グランドの面積が約三五〇〇平方メートルであり、本件事故当時、その周囲が金網フエンスとトタンの波板で囲われ、その北西隅に体育用具倉庫が、出入口に立入禁止の立札がそれぞれ設けられていた事実を(同事実は原告らと被告大阪市との間で争いがない。)それぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  本件仮設グランドは、被告大阪市の市営住宅建設用地であるが、大阪市立波除小学校が校舎増設工事に伴い必要となつた同小学校の体育授業用仮グランドとして、整地のうえ、昭和五一年一一月中頃から使用していたものである。東西の長さ73.9メートル、南北の長さ46.8メートル、面積約三五〇〇平方メートルの長方形であり、昭和五二年九月二日の本件事故当時、周囲が高さ約1.85メートルの金網フエンス(西側と南側、北側の各西寄半分)と高さ約二メートルのトタンの波板(東側と南側、北側の各東寄半分)で囲われ、西側フエンスの中央部に出入口として幅約1.95メートルの金網の外両開戸が設けられており、グランド内には、北西隅にプレハブ製の体育用具倉庫、さらにその東方に北側フエンスに沿つて朝礼台、鉄棒が設置されていたほかには施設はなく、平らな土面のグランドであつた。同小学校では、朝礼・体育授業のほか同小学校が特に許可した場合以外の同グランドの使用及び同小学校の関係者以外の同グランドへの立入を禁止し、右出入口付近と南北二箇所に、波除小学校の体育指導の運動場につき関係者以外の使用を禁ずる旨の立札を立てていた。

(2)  被告巧は、前判示のとおり本件事故当時一四歳で大阪市立市岡東中学校三年に在学中であつたが、前示立札等により本件仮設グランド内への立入が禁止されていることを知りながら、昭和五二年夏休みには、中学校の先輩で私立浪商高校二年に在学中の濱田(当時一六歳)や他の友人とともに毎日のように同グランド内に立ち入り野球をして遊んでいた。

(3)  被告巧は、昭和五二年九月二日午後三時ごろ訴外山下秋光(市岡東中学校三年生)ほか二名の友人と誘い合わせて同グランド内に立ち入り、範之ら波除小学校の児童約二〇名によるソフトボールの試合を観戦していた。そのうち、濱田が同グランドに来て山下に投球練習を誘い、山下は、濱田に制球力がないことからこれを嫌い、被告巧に濱田の投球の受け手となるよう依頼した。被告巧は、濱田が速い球を投げる反面制球力がなくときには暴投することを熟知しながら、濱田との投球練習に応じることとし、前示体育用具倉庫の南側付近で右倉庫を背にして構え、その南方約一四メートルの地点から濱田が投球する硬球(右小学生らから借用していた。)を捕球していた。濱田はカーブ・シュートを交え、制球力のないまま、全力で投球していた。

(4)  被告巧が濱田の投球練習の相手を続けているうち、小学生らはソフトボールの試合を終えて同人らの自転車約一〇台が置かれている体育用具倉庫付近に集合し始め、そのうちの二名が濱田に近づき硬球の返還を求めた。被告巧は、小学生二名が濱田に話しかけているのを見て小学生らがソフトボールの試合を終えて帰ろうとしているのを知り、しかも自己の後方に小学生の自転車が置かれていることを知つていたにもかかわらず、後方を確認せず、また濱田に投球の中止を申し出ることもなく、漫然と捕球姿勢をとり続けていた。濱田が小学生からの返還要求を無視して横を向いたまま被告巧に向けて全力で硬球を投げたところ、硬球は大きく東寄りに逸れて被告巧の左側約二メートル付近を通過し、被告巧の左後方で自転車に乗り帰ろうとしていた範之(昭和四二年一〇月二五日生)の後頭部を直撃した。その結果、範之は左小脳挫傷兼頭蓋骨骨折の傷害を負い、同月四日午後七時二七分大阪市福島区福島一丁目一番五〇号大阪大学医学部附属病院において、右傷害により死亡した。

(5)  原告野村良博は範之の父であり、原告野村セツコは範之の母である。

右のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二被告巧の責任について検討する。

さきに認定した事実によると、被告巧は、濱田が速い球を投げるうえに制球力を欠きときには暴投すること、被告巧の後方には小学生らの自転車が置かれており、本件事故当時小学生らが試合を終えて帰ろうとしていることを知つていたのであるから、もし濱田との投球練習を続ければ、過つて暴投となつた硬球が被告巧の後方にいる小学生に当たる可能性のあることを充分予見することができたというべきであり、しかも、既に一四歳で中学三年生であつたから、人に硬球が当たつたときの危険性について認識する能力を有していたと認めることができる。したがつて、このような場合、被告巧としては、直ちに投球練習を中止するか、中止しないとしても少なくとも後方に小学生がいないことを確認して続行するなど事故を防止すべき義務があつたといわなければならない。ところが、被告巧は、これを怠つて漫然と濱田との投球練習を続け、そのために本件事故が発生したのであるから、被告巧の右授球練習の続行は、本件事故発生と相当因果関係のある違法・有過失な行為と認めることができる。したがつて、被告巧は原告らに対し、範之死亡に伴う損害を賠償すべき責任があるというべきである。

三被告博の責任について検討する。

被告博が被告巧の父であることは、原告らと被告博の間で争いがなく、〈証拠〉によれば、佐々木朱躬が被告巧の母であることが認められる。そして、さきに認定したとおり、中学三年生の被告巧が同年配の友人とともに本件事故の夏休みには毎日のように本件仮設グランド内で野球をして遊んでおり、本件事故当時小学生も同グランド内でソフトボールをして遊んでいたことからすると、被告巧らは夏休み中も同グランド内で小学生と混じつて野球をして遊んでいたと推認することができる。したがつて、被告巧の父である被告博としては、被告巧の母である佐々木朱躬と共同して、被告巧の日常の行動を適確に把握し、被告巧が野球を好み友人と野球をして遊ぶためよく外出し、被告巧が当時一四歳で軽卒な行動にでるおそれが当然予想されるのであるから、周囲の状況をよく見きわめたうえ危険性のない方法、ボールを使用して野球をするように十分な注意を与えるとともに、特に被告巧らとは体力・敏捷性・注意力において格段の差のある小学生がいる付近では格別気を配つて野球をするよう指導して監督すべき義務があるというべきである。ところが、〈証拠〉によると、被告博は被告巧に対し野球をするなら人のいない所でやるよう指導していたことは認められるものの、それ以上真摯な指導・監督が行われたとは到底認められない。そうすると、被告博には被告巧に対する監督上の義務違背があり、これと本件事故発生との間には相当因果関係があると認められるから、被告博は原告らに対し、範之死亡に伴う損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

四被告大阪市の責任について判断する。

原告らは、被告大阪市が面積約三五〇〇平方メートルという教育施設あるいは校区内児童の遊戯施設としては狭い本件仮設グランドを設置し、その出入口に施錠を怠つたために小学校低学年の児童と中学生・高校生とが入り混じつて野球等を行うという危険な状態にあるのにこれを放置し、その結果本件事故が発生したとして、被告大阪市による同グランドの設置・管理につき瑕疵がある旨主張する。

ところで、国家賠償法二条一項の規定の趣旨は、物的設備たる公の営造物そのものに固有の危険が内包し、営造物が通常有すべき安全性を欠いたためその危険の発現により生じた事故によつて他人に損害を与えた場合、国又は公共団体が賠償責任を負うという一種の危険責任を定めたものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件事故は、濱田と被告巧が、被告巧の後方にいた範之の存在に全く注意を払うことなく、投球練習をしたために、濱田の投げた硬球が範之の後頭部に当たり発生したものであり、その直接の原因はあくまで濱田と被告巧の過失にあるというべきである。また、本件仮設グランドの面積と本件事故発生との間には全く因果関係がなく、濱田と被告巧による投球練習をなしうる空間としての同グランド自体の存在が同グランド固有の危険とはいえない。さらに、本件に顕われた全証拠によるも、本件事故の発生が同グランドあるいはこれに付属せしめられた営造物に固有の危険に基因することを認めるに足りる証拠はない。

さらに検討するに、前認定事実、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  本件仮設グランドは、昭和五一年一一月の使用開始当時から高さ約1.85メートルの金網フエンスと高さ約二メートルのトタンの波板で囲われ、同年一二月にはフエンスが新しく付け替えられるとともに、西側フエンスの中央部に幅約1.95メートルの金網の錠付外両開戸が設置された。波除小学校では、朝礼・体育授業のほか同小学校が特に許可した場合以外の同グランドの使用及び同小学校の関係者以外の同グランドへの立入を禁止し、右出入口付近と南北二箇所の立入禁止の立札を立て、同小学校の児童に対しては教諭に引率されるとき以外は同グランド内に無断で立ち入つてはならない旨繰り返し注意していた。また、同グランドの出入口の錠の鍵は、同小学校の校務員が保管し、グランド使用の都度担当教諭が持ち出し、使用終了後施錠したうえ返還することとされていた。

(2)  昭和五一年一二月の本件仮設グランド整備終了後、フエンスを破られたり錠が壊されることが度重なり、波除小学校では、その都度応急修理をしていたが、昭和五二年の夏休み前に金網フエンスを張り替え、出入口に新しいシリンダーを取り付けた。さらに、夏休み期間中は、同小学校の教諭とPTAが共同で校外補導の一環として同グランドを見回り、同小学校の校務員が時々見回ることもあつた。

右のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実からすると、被告大阪市における本件仮設グランドの管理担当者である波除小学校校長及び教頭は、同グランドを同小学校の体育授業用仮グランドとして安全に使用できるよう充分に管理・監督していたものと認められる。なるほど、前認定の事実からすると、同グランドが本件事故前の夏休み中から被告巧らにより野球用グランドとして使用され、同小学校の児童が被告巧らと入り混じつて遊んでいたことがうかがわれるにしても、同グランドの管理担当者が、立入禁止の立札を無視し、金網フエンスや出入口の錠を破壊し、あるいは、破損された状態を利用して同グランド内に侵入する者について、その間に発生する本件のような事故の発生を防止する監督責任を負うと解すべき根拠はない。

したがつて、原告らの前示主張が失当であることはもちろん、被告大阪市は本件事故につきなんら法的責任を負うことはないといわなければならない。

五被告巧及び同博の賠償額について判断する。〈以下、省略〉

(金田育三 森真三 中谷雄二郎)

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